2013年2月5日(火) | プライベート
人生は一度きり「音楽劇 わが町」
北とぴあで開かれた城北演劇を観る会の観劇会で、俳優座劇場プロデュース公演「音楽劇 わが町」を鑑賞しました。
ソーントン・ワイルダー作、1938年に初演されピューリッツァー賞を受賞した作品とのことですが、いつも通りまったくの予備知識なしに観劇へ。
架空の町、ニューハンプシャー州のグローバーズ・コーナーズを舞台に、人々の日常生活、恋愛と結婚、死をテーマにした作品で、もともとは戯曲だったものを俳優座が音楽をつけ、ミュージカル仕立ての「音楽劇」としての上演でした。
想像力を掻き立てるプレーンな舞台
劇が始まって、まず驚くのが「何もない」舞台。机や椅子をあらわす黒い骨組の台がいくつか配置されているだけで、背景も小道具も一切ありません。
左手に配置されたピアノは、音楽劇の伴奏を生演奏で奏でるためのものです。
セットといえるセットがない中で、俳優はドアの開け閉めやインゲンの皮むき、パフェを食べ、コーヒーを飲み干すしぐさを、まるでパントマイムのように演じます。
この作品には、物語の進行役として「舞台監督」が登場し、町の様子を細かく描写しますが、その町の姿は観客のイマジネーションに委ねられます。
想像力を掻き立てるこの演出には、「わが町」グローバーズ・コーナーズを、誰の心の中にもある普遍的な「ふるさと」に変えてしまうねらいがある、と感じました。
そういえば、同じ効果を醸し出していたラース・フォン・トリアー監督の実験的映画「ドッグヴィル」を思い出しました。
日常から非日常への見事な跳躍
1幕、2幕は、「わが町」での、ごくごく平凡な日常生活の様子です。
隣同士に住む2人の男女、ジョージとエミリー。幼なじみからやがて恋人へ、そして結婚へと進むプロセスが淡々と描かれてゆきます。
2人が無事にゴールイン、というところで2幕は終わりますが、3幕になると一転、出産で命を落としたエミリーの死後の世界へと場面が変わります。
すでに一足先に死後の世界で待っている義母(ジョージの母親)やグローバーズ・コーナーズの人たち。「私にはまだこの世界は早すぎるわよね。いつでも元の世界に戻れるよね」と動揺するエミリー。
まわりの死者たちは「無駄なこと」と制止するものの、舞台監督は「お望みならば」とエミリーを現世に連れ戻します。そこは、忘れもしないエミリー12歳の誕生日の日でした。
まだ若い、大好きな母親を見つけ、耳元で叫んでみるが死者であるエミリーの声は届かない。それでも、時計の針は無情に時を刻み続けます。
人生で一番楽しかったはずの一日なのに、あの日は2度と戻らないと気づいたエミリー。落胆して、死後の世界へと帰ってゆくのでした。
まさにどんでん返しの第3幕、人生は一度きりだからこそ面白い、という普遍的真理を、死者の目から語らせるという日常から非日常への見事な跳躍でした。
この第3幕を暗示する、幻想的な冒頭のワンシーンも脳裏に焼き付くほど効果的。
土居裕子さんの歌唱力に脱帽
「音楽劇」であってミュージカルではないので、歌に期待をするとがっかりします。
もともと俳優をやっている人が、がんばって歌ってはいるけど… という感じも受けました。
その中で、エミリー役の土居裕子さんは出色の出来。その歌唱力に脱帽しました。
あとで知ったことですが、土居さんは東京芸大音楽学部声楽科を卒業し、歌のお姉さんとして活躍した後、音楽座の主演女優に。
ミュージカルの主演をこなし、数々のタイトルも受賞している本格派の歌手、舞台女優さんでした。
1幕の最後とカーテンコールで歌われ、作品のテーマ曲にもなっている「ジェーン・クロフェット様」。レベッカの歌にかぶせてエミリー(土居さん)が独唱する「私ってきれい?」の旋律が美しく耳に残りました。