活動日誌

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八雲神社祭礼、この際岩淵宿について少し

昨日と今日は、わがマンションの隣にある八雲神社の祭礼でした。

朝からにぎやかな祭囃子が鳴り響き、境内にはたくさんの屋台が並びました。ふらっと足を運び、祭りの雰囲気を楽しんできました。

無神論者の私は、あまりお寺や神社のことに詳しくありませんが、この場所に越してきてまもなく6年、少しは八雲神社の歴史も知っておいた方がよいかと、にわか勉強をしました。

日光御成道第一の宿場として栄えた岩淵

八雲神社のある場所は現在、岩淵町となっていますが、岩淵は日光御成道の第1の宿場町だったそうです。

もともとは鎌倉古道だったものが江戸時代に日光街道の脇街道として整備され、後に徳川将軍が日光東照宮へ社参する際に使用したのが日光御成道です。江戸城大手門を出発し、荒川を渡る直前にあったのが岩淵宿。通常は渡し舟で往来していましたが、将軍の一行が通る際には65間(約118m)の板橋が架けられたとのこと。荒川を渡った先にあるのが川口宿です。

今は、岩淵と川口を新荒川大橋がつなぎ、ここを走る国道122号線は、岩槻街道とよばれています。

八雲神社は岩淵宿の鎮守の社

八雲神社の創建年代は不明とのことですが、江戸時代には岩淵宿の鎮守神を祀った鎮守社としてその役割を果たしました。

境内には、本殿、拝殿、神楽殿、末社、水神社が配置されていますが、水神社は舟運業者の信仰を集めた神社です。当時、あの大きな荒川を舟で横切るのは大変なことでした。水難事故も多かったのではないかと想像しますが、舟運の安全を願っての社が特別に設けられたのでしょう。

なお、社の蔵には、明治時代に勝海舟が荒川で足止めされたときに書いたとされる大幟旗も所蔵されているそうです。

拝殿では、こうした歴史を知ってか知らずか、若い人たちも参拝をしていました。

もしかしたら、かつて江戸の将軍が私のマンションの前を通り、この神社に立ち寄ったのかもしれないと考えると、ちょっとした興奮を感じました。