活動日誌

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北区日韓親善協会第3回訪韓ツアー記(3日目)

安東リチェルホテル

ツアーも後半の3日目に入ります。

前回紹介した通り、2日目に宿泊した安東リチェルホテルは、これから開発されるリゾート地のために先行して建てられた大規模宿泊施設です。

しかし、実際に泊まってみると、いくつか気になったことがありました。

まず、部屋の中ですが、工事をした際に鉛筆で書いたと思われる寸法のメモが、壁にそのまま残っていました。また、備え付けのタオルには穴が開いていました。木材を格子状に組んだベランダの壁は、寸法が合わずに楔で止めていた部分がありました。そして、何と室温を調節するエアコンのリモコンが設置されていませんでした。

さらに驚いたのは朝食です。

100人以上は入ろうかという大きなレストランはがら空きで、バイキングの用意はしてあるのに器の中はすべてカラ。

まずは席に座って下さいと身振りで促され、英語で、”Boiled, scrambled, omelette?”と聞かれました。卵の焼き方を選ぶのだと理解し、スクランブルエッグを注文。恐らく、宿泊客が少なすぎてバイキングができないということなのでしょう。

ホテルの朝食

料理と一緒に出てきたコーヒーが冷めていて、一緒に食事をしていた方が砂糖を入れても溶けません。「もっと熱いのを持ってきてほしい」と注文すると、日本語が理解できないらしく、入れ直してきたコーヒーはまた冷めたものでした。

後から来た韓国人客への対応を見てわかったことですが、希望によってはコリアン・スタイルの朝食メニューも用意されていたそうで、それなら最初に言ってほしかった、との思いも残りました。

ともあれ、安東唯一のリゾートホテルとして、今後の発展を願うばかりです。

安東市役所へ表敬訪問

さて、いよいよ安東市役所への表敬訪問です。バスに乗り、ホテルからわずか10分ほどで市役所に到着しました。

ほどなく、同行していただける順天学園の渡辺理事長、キムさん、ファンさんも到着しました。

安東市役所

4階建ての立派な庁舎で、正面玄関には瓦屋根が付いています。掲げられている文字(한국정신문화의 수도 안동)の意味は「韓国精神文化の首都安東」という意味です。

せっかくなので、ここで記念撮影。

市庁舎前で記念撮影

2階の会議室に案内され、さっそく交流が始まりました。

まずは安東市を紹介するDVDが上映されました。安東の歴史や魅力をアピールする約15分間のビデオで、オリジナルは韓国語ですが、英語、日本語、中国語と4つのバージョンが選択できるようになっています。

とてもわかりやすい内容だったので、1本もらえないかと要望したところ、希望者全員に1枚ずつDVDをプレゼントしてくれました。このあたりの広報戦略は大したものです。

安東紹介DVD

ただ、現地で見たビデオでは、日本による植民地支配からの独立運動において、安東は最も多くの運動家を輩出した都市だと強調されていましたが、頂いたDVDではこの部分がカットされていました。

なお、安東市内には、詩人であり日本の帝国主義に立ち向かった独立闘士、李源祿(イ・ウォンロク 이원록)陸士の文学館や、独立運動記念館が建てられています。

ビデオ上映の後は、双方からあいさつ。安東側からは、市の総務係長が歓迎の言葉をのべ、北区日韓親善協会からは、山田副区長が友好都市協定の締結に向けた交流の促進を要請しました。

その後、参加者一人ひとりが自己紹介をおこない、私は韓国語で 처음뵙겠습니다. 저는 노노야마켄 라고 합니다.(チョウムベッケスムニダ チョヌン ノノヤマケン ラゴハムニダ 初めまして。私は野々山研と申します。)とのべ、続いて日本語で「安東を訪問するのは3回目です。韓国と日本との間にある歴史問題を乗り越えて、友好関係が一層発展することを願っています」とあいさつしました。

総務係長は日本側の要請に対して「安東ではこの6月3日に市長選がおこなわれることになっており、今日は市長が不在です。友好都市については今後の相談ということで、当面は民間交流を積み重ねてゆきましょう」と回答しました。

また、安東市からの記念品として、大きな仮面の飾り物が民団の姜団長に手渡されました。

贈物を受け取る姜団長

安東側の通訳をつとめてくれてのは、日本人の女性職員でした。安東市では国際交流を戦略的に位置づけ、外国語を話せる職員を積極的に登用しているとのことでした。

見どころいっぱいの安東

今回のツアーの最大の目的が達せられたところで、残りの時間は安東観光にあてられることになりました。

まずは、安東駅前周辺の繁華街へ。昨夜も歩いた商店街ですが、月曜の朝ということもあるのか人通りは少ないよう。

安東の商店街

ここで小一時間の自由時間となり、駅前のスーパーに立ち寄ったり、ところどころに置かれた彫刻などを眺めてまわりました。

しばらくぶらぶらとしていると、公園のような広場にぶつかりました。

市内の公園

瓦屋根の立派な建物がいくつも建っており、由緒正しい公園のようでしたが、後で調べてもどんな公園かは、よくわかりませんでした。

こちらは大きな鐘が吊り下げられているので、鐘楼だと思うのですが。

公園の鐘楼

ちょうどお昼の時間になり、バスで昼食会場へ移動。この日の食事は、やはり安東名物のホッチェサパプ(헛제사밥)です。

洛東江(ナクドンガン 낙동강)をせき止めて建設された安東ダムのそばに並んでいるホッチェサパプ専門店の一つに入りました。

昼食会場

ホッチェサパプの意味について、ガイドの李さんに教えてもらいました。

ホッというのは「偽(にせ)」、チェサは「法事」、パプは「ご飯」という意味です。つまり、法事の時に食べるごちそうを、普段の日にも食べたいと似せてつくったお膳ということでした。

安東ホッチェサパプ

ピビンパにも似ていますが、ナムルとご飯が別々に出てきます。食べる時はこれを混ぜて、お好みでコチュジャンなどを加えます。とても美味ですが、付け合わせを含め味はやはり辛目です。

食後は、すぐ目の前にある月映橋(ウォルヨンギョ 월영교)を渡ってみることにしました。

月映橋

韓国で最大の木造橋で、夜になるときれいにライトアップされ、デートコースとしても有名だそうです。

橋を進むと、前を歩いていた韓国人の女性が「チョアエヨ、チョアエヨ」(좋아해요, 좋아해요)と言っているのが聞こえました。

チョアエヨは確か「好きです」という意味のはず。「私、こういうの好きなのよね~」というところでしょうか。韓国で聞き取れた、数少ない言葉のうちの一つでした。

橋の上から

次は、バスに乗って泥川洞磨崖如来立像(イチョンドンマエヨレイッサン 이천동 마애여래입상)へ。

別名「チェビウォン弥勒」とも呼ばれるこの石造、10mの胴体に、別に掘られた2.5mの頭部が接合され、うっそうと茂る林の中に構えています。

階段を登って像の近くまで行けるそうですが、下から遠目に仰ぎ見る方がよく見えるとのことでした。

チェビウォン弥勒

続いては鳳停寺(プンジョンサ 봉정사)。新羅12年、西暦では672年に建てられた古い寺院です。

ガイドの李さんから「少し山を登ります」といわれ、バスの中からは「エーー」とブーイング。この日は気温がかなり上がり、すでにみなヘトヘトになっていたからです。

それでも渋々バスを降り、門をくぐってトコトコと歩きだします。

鳳停寺

境内に入ると、大雄殿、華厳講堂、古今堂などの建造物が並んでいます。

中でもこの極楽殿は、現存する韓国最古の木造建築物として有名だそうです。隣の大雄殿の方が古いように見えましたが、極楽殿は老朽化のため補修されたとの説明でした。

極楽堂

安東から慶州へ

2日間にわたって見てきた安東とも、これでお別れとなりました。今度はバスで南下し、慶州へと向かうことになります。

所用時間はたっぷり2時間半。車内ではみなぐったりしてお昼寝時間です。この時点で私は、成田で買った「ABC殺人事件」を読了。うとうとしているうちに慶州の良洞村(ヤンドンマウル 양동마을)に到着しました。

良洞村は、600年の歴史を誇る民俗村で、安東の河回村と同じく2010年にユネスコの世界遺産に登録されています。

入村前に李さんの説明を受けます。村には両班(ヤンバン)の孫氏と李氏という2つの氏が共存し、お互いが競い合い、また協力し合って村を発展させてきたといいます。

良洞村

村には今でも約150世帯・480棟の建物に370人ほどの村民が暮らしているそうです。

沈みかけた夕陽の中で、どこまでも広がる田園風景に、心が落ち着きました。

古い民家

良洞村からさらに40分ほどで、この日宿泊する慶州ヒルトンホテルに到着しました。

一昨年に泊まった慶州コモドホテルの隣に位置し、周囲の様子もよく覚えていました。

ヒルトンホテル

チェックインをすませ、すぐに夕食会場へ。再びバスに乗り、10分ほど走ってレストランに着きました。

店の名前、귀하(クウィハ)というのは「貴下」、日本では~様にあたる「様」という意味で、韓定食の高級店です。

夕食会場

テーブルに韓国を代表する料理が次から次へと運ばれてくる豪華なコースメニュー。日本ではもはや食べられないユッケや、チヂミ、カニ蒸しなど、どれも満足のゆく一品でした。

とりわけ最高だったのは、骨付きカルビ肉の煮込み。思わず骨までしゃぶりたくなるおいしさでした。

カルビの煮込み

こうして3日目も無事に日程を終えることができました。